【あえて選んだ公立小】コロナ禍の小学校1年目を振り返る

ペアレンティング
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私は日本人の両親の元に生まれ育ちましたが、小学校時代は関西のインターナショナルスクールに通っていました。>>インターナショナルスクールの7年間

そんな特殊な教育に感謝しながらも、自分の子育てに関してはどちらかというと保守的(笑)です。我が子には、インターにも私立にもいれずに公立小を選択しました。>>インターや私立にいれない理由

公立のデメリットと私立のメリット、どちらも天秤にかけたうえでの判断には、するどいご意見もいただきました。(>>それでも公立小学校を選ぶの?というご意見

家庭内での話し合い、子どもの観察、そして読者さんからの励ましやご意見もあったことで、私の考えも形作られていきました。

結論からいうと、現時点では私は「公立小」を選んだことを後悔しておりません。

長々と振り返っていますが、この記録は「勉強」や「知育」に特化しているものではありません。あくまでもひとりの公立小学1年生の1年を総合的に振り返ったものです。

公立小って「選ぶ」ものでしたっけ

自ら「公立小を選んだ」といいながら何を言うって感じですが、自分でも書きながらモヤッとしたので補足します。

そもそも日本で公的に運営されている小中学校は、適齢期の子どもならアクセスできるようになっています。これって当たり前のことではなくて、先代から引き継がれている一種の財産だと思います。

おかげさまで、選ぼうが選ばまいが、日本の子どもたちには教育を受ける権利が保障されています。だからなのか、「選ぶ」というとなんだか不思議な感じがします

おそらく、実態は「選んでいる」事例が目立つため、実態と思想の乖離からくる違和感なのだと思います。

それにしても、日本で保障されている教育のレベルは充分高いと私は思います。

そりゃエベレストと比べたら、日本の富士山は低いかもしれません。でも他より低いからって、富士山を否定する理由にはなりません。だって富士山、素敵じゃないですか。

急にこういうトンチンカンな例えを出すと、よく家族に呆れられます

「日本の教育」を批判する人もいますし、賛同する部分もありますが、私は冷静に見ております。

日本には、子どもや教育に問題意識を持った専門家がたくさんいます。私はその方々とそのお仕事を信頼したいです。

個別の事象を、そのまま一般論にしてしまうことの危険性。そして一般論を、すぐに我が子に当てはめてしまう危険性。一保護者としては、どちらにも気をつけたいです。

足元の我が子を見るときは「日本の教育」がどうかはあまり関係ありません。

現実的な選択肢と子どもの状態を照らして、ベストな判断を重ねていくだけです。

子どもの成長は、どんなに”優れた”学校でも完成しません。子どもの成長には「学校以外」の領域も欠かせません。子どもによって、それは家庭や習い事やお隣さんやテレビや本など様々ですが。

子どもは学校を含めいろんな影響を受けて成長していくと考えています。だから、学校に期待をかけすぎていないのも私の考えの特徴かもしれません。(>>我が家のゆるくて細かい教育方針

コロナ禍の小学校1年目

ちょっと脱線してしまいましたが、ここからは淡々と、コロナ禍の小1(&たまに年中)ライフを振り返りたいと思います。

その前に前提条件として。

  • 2019年末に東京都豊島区(マンション)から千葉県柏市(一軒家)に移った
  • 家の周りは民家と畑と公園
  • 長男は当時年長、次男は当時年少
  • 2020年1月から自宅近くの保育園に2人同時入園

地域とのつながりはまだありませんでしたが、都会のように我が子の騒音に神経質にならなくてよくなり、その点は相対的なQOLが爆上がりでした。

そしてあれよあれよと、異常な1年が始まりました。

以下の出来事は、千葉にいる目線で書かれています。

2020年1月:引越後の日常

1月初旬に中国では”原因不明の肺炎”が報告され、そして「新型コロナウイルス」が確認され、1月末にはWHOが「国際的な緊急事態」を宣言していました。(出典

年末年始の帰省から千葉に戻り、新しい保育園に登園開始しました。

まだ新しめの園で幼児は少人数だったこともあり、慣らし保育中に兄弟ですっかり馴染んでくれました。

東京でやっていた空手も同じ流派の道場につないでいただき、そこでも少しずつ慣れていきました。

新しい環境にも着々と順応していく我が子。すでにもう何度も引越や転勤を重ねていますが、今回もとても頼もしかったです。

私にできることは、子どものサインを早期にキャッチすることと、自分がご機嫌でいることくらいです。

2020年2月:忍び寄る影

「ダイヤモンド・プリンセス号」が横浜に入港。国内で初めての感染者死亡例。次第に臨時一斉休校が囁かれ始めます。(出典

市中の生活はまだ一応”普段どおり”。

それでも外国の挙動や、在外邦人の安否、トイレットペーパーや食品の在庫、国内にいる外国人を気にするひとが増えたり、じわじわと緊張が高まっていく感じはありました。

そんななか、長男は以前から申し込んでいたスキー合宿に参加。このときの写真を振り返るとまだ誰もマスクをしていませんでした。消毒や換気には気をつかっていました。

次男は、1人で自転車に乗れるようになりました。

習い事も、登園も、表面上はいつもどおり。子どもの前では大人は平静を装いつつ、世間の動向を気にしています。

引っ越し後の日常に慣れつつあったけど、なんだか落ち着かない日々でした。

2月なのに半袖の長男&薄着の次男

2020年3月:2度の卒園式

3月2日からの臨時休校要請。東京オリパラの延期や志村けんさんの死去。(出典

多くのひとにとっての日常が変わったのが、この2020年3月ではないでしょうか。いろんな出来事が重なり、もう影響がないとはいってられない。マスクは品薄になり、海外・国内の移動が制限され始め、仕事や生活への影響もでてきました。

私は引越し後からすでに在宅ワークでしたが、夫も在宅勤務に切り替わったのが確かこの頃。

4月から小1になる長男でしたが、予定通り学校が始まるとは思えませんでした。3月半にはホームスクーリングも覚悟した記事を書いていました。

少しずつ家族一緒の時間が増えてきて、なんだか大変そうな予感がしてきました。家やオンラインや屋外で、人と接触せずにできることを模索していました。(>>オンライン教育記事一覧

そんななか、卒園する長男は新旧2つの園の卒園式に出席することが叶いました。徐々に制限が増す生活のなかにもハレを残すことができたのは幸運でした。

子どもたちは、社会の動きと関係なく、その成長を止めませんね。変わりつつある日常にも、変わらないものがあることに癒やされます。

長男の卒園製作の一部

2020年4月:ステイホームの始まり

4月7日、緊急事態宣言の発出。(出典

長男の入学式は予想通り延期に。4月は教材の配布だけでした。

次男の保育園も臨時休園。二人の習い事も臨時休業。こうして家族4人のステイホーム月間が始まりました。

ただ長男は、卒園と入学にプレッシャーを感じていたらしくて3月からずっと腹痛を訴えていたので、これはよい準備期間になりそうだと開き直りました。

開き直ってからは、毎日が土日状態(仕事しながら)。

  • ゲーム
  • アプリ(知育系含む)
  • 動画(知育系含む)
  • 公園巡り
  • 庭いじり
  • 製作
  • 料理
  • 実験

私が仕事をするのは子どもが端末に張り付いているときか、公園にいるとき(私は椅子をもっていって傍で作業)でした。

>>ステイホーム中に家でやっていたこと

制作物を公開するために、長男のインスタアカウントも作りました。

2020年5月:ステイホームが日常に

5月4日、緊急事態宣言の期間延長の発出。5月25日、緊急事態が全国で解除(出典

4月7日から始まった緊急事態の延長を受けて、長男は「もう10月くらいまで学校ないんじゃない」とのんきに言っていました。

5月は1日だけ個別登校日があり、先生と長男は15分の個別面談が叶いました。学校からは少し課題が出され、初めて花マルをもらったのを嬉しそうにしていました。

4人のステイホームは継続。長男の家庭学習と活動のルーティンも板についてきました。こんな↓ふうに、手書きのタスクリストで管理していました。

「あ」は朝、「よ」は夜。その日の課題をいつやるか、本人が決めていました。終わったら、シールを貼ります。

家庭菜園では野菜が収獲できたり、公園で見つけた幼虫を育てたり、学校から持ち帰ったアサガオキットを育てたり。

月末に近づくに従って暑い日が増え、学校・保育園の再開が現実的になってきました。

そして悲願の図書館再開も果たされ、私は水を得た魚のようでした。

しかし家族とはいえ、ひとつ屋根の下にいつも一緒にいるのは安心でもあるし、ストレスでもあります。

2020年6月〜:やっと始まった1学期

3密を避けながら、可能な範囲で”日常”を取り戻そうとする日本。7月下旬にはGo Toトラベルが始まる一方で、世界の感染者数は増え続ける。

無事、短縮版の入学式を済ませ、分散登校も始まりました。保育園の登園も習い事も、慎重に再開。

新しい日常となりつつあった2ヶ月の家庭保育。終わってみるとしんみりするけど、もうやりたくないのが本音。

やっぱり私は1人の時間があってこそ、子どもに優しくできるんだと実感します。そして子どもも自分の世界でいろいろ挑戦していきたいし、家でその分くつろぎたい。

この頃から、日本では海外ほど感染者増えていないな〜と感じるひとが増えたのか、なんとなく自粛疲れや中だるみの空気を感じます。

小学校の夏休みは短縮。暑い中、ちょっと遠い小学校まで毎日よく頑張って登校してくれました。2ヶ月の準備期間は、結果的に長男にとって良かったと思います。

私や夫は、引き続き在宅ワーク。買い物と公園以外に行くことがないので、一番人と接触しているのは小学校に通う長男。市内のほかの学校でも感染者が出ているなかで、この学校は奇跡的に?夏休みの休校期間中に1人出ただけでした(学内の接触者は0)。

7月には無事カブトムシが成虫になり、庭にはキュウリがたわわになり、長男は登校ルーティンも身につき、新しくできたお友達と遊ぶようになり、成長を感じました。

夏休みは、半年以上ぶりに祖父母や親戚と再会。初めての抗原検査(鼻ぐりぐり)に子どもたちは衝撃を受けていました。

長男は海釣りキャンプへの参加も叶いました。

年初に思っていたのとは違うけど、手探りながらも夏の思い出がつくれたと思います。

2020年9月〜:マスクが普通になった2学期

2学期からは、もはや消毒とマスクと3密防止が「日常」となっていました。

以前と比べるとできることが減っているんだろうけど、長男にとっては初めての小1、次男にとっても初めての年中。本人たちは比較する対象もないので、腐らずに毎日なにかしら楽しみを見つけています。

私と夫も引き続き在宅。もはや通勤という概念も怪しくなってきました。

土日には公園を開拓して秋探し。平日も近所の友達と暗くなるまで遊ぶ。

学校や保育園の先生とは雑談できないし、ほかの父兄と顔見知りにすらなれるチャンスはない。でも、長男が誰かの家に遊びに行くたびにせっせと「連絡先」を渡して保護者とも数名つながりました。

年末には長めに帰省して親戚との再開を堪能しました。(2度目の鼻ぐりぐり)

この1年、中止になった行事や空手の試合、海外出張など、「諦めた」というほど大げさなものではないけど、いろいろありました。そして案外できたことも実はあった。

実はそんなに多くのことを望んでいなかったということも、改めて確認できました。

ふざけるの大好きな次男、まじめに切り抜き

2021年1月〜:あまり変わらない3学期

1月7日、緊急事態宣言の発出
2月2日・3月5日、緊急事態宣言の期間延長の発出(〜3月21日までの予定)(出典

緊急事態であっても、学校や保育園はこれまでどおり。前回の緊急事態のように「怯えながら全部中断・自粛」ではなく「できる範囲で工夫しながら日常を維持」というくらいの、転換を感じます。

淡々と、できることをできる範囲でやっている。そんな感じです。

3学期になってから、登校ルートを少し変えました。それをきっかけに長男の交友関係もまた少し広がりました。

ステイホーム中に購読を始めた子ども新聞は、テレビがない我が家の子どもたちにとって世界や社会とつながるちょうどいいリンクになっています。

二人して「おしりたんてい」を読んでいる貴重なシーン

公立小を選んでよかったのか

この記事を書いている3月中旬、もう間もなく学年末を迎えます。

コロナに翻弄されたこの学年度は、学校との接点がかなり限られ、保護者間の横のつながりもつくれず、家族と向き合うことが多い日々でした。

学校の様子を知る術は、HPの日記と校長先生のお便り、そして長男の毎日の様子くらいです。

登校渋りは1日だけ

私の知る限り、長男が学校に行きたがらなかったのは1学期の夏休みが始まる直前の1日だけです。

今でも覚えているのは、その日が奇しくも近い親戚の亡くなった日だったからです。もしかするとなにか異変を感じ取っていたのかもしれない、とか後付けで妄想していたりします。

この日は先生と電話で話してから、渋々でしたが学校に行きました。

この日以外は、毎朝誰よりも早く起き、しっかり朝ごはんを食べてから学校に向かっています。小1なのに、誰からも教わらずに前日のお支度、早起き、朝ごはんをやってのけているので、本当に感心します。(私も見習わなくては…)

とはいえ忘れ物はしょっちゅうですし、「遠いよ〜」などぼやく日もあります。

それでも、熱など体調不良以外で休むことはありませんでした。

入学前の3月は毎日緊張していてお腹を痛そうにしていた頃を思うと、すごいことです。

毎日の様子

習い事がない放課後は、ほとんど毎日学校か近所の子と遊んでいます。友達が捕まらない日は、1人でもなにかしら忙しそうに楽しそうにしています。

私は特に子どもの「あるべき姿」を描いていませんでしたが、今の長男の様子には特に「NG」なサインが見つかりません。

そりゃ、細かいところでは「ものを大事にしない」「言葉遣い」「忘れ物」など挙げればキリがありません。でも子どもってそういうものでしょう。

良かったこと

公立学校の「謎ルール」との衝突は、私も覚悟しておりました。でも今のところいい意味で裏切られています。たまたま担任の先生が柔軟なのか、学校がアタリだったのか、子どもが合っていたのかはわかりません。

来年度、もし先生が変わればまた考えが変わるかもしれませんけどね。

子どものやる気に気づいてくれる担任でした

普段は採点されたノートなどから、学習の進捗と先生の反応を伺っています。

長男は結構知りたがり&やりたがりで、正直私でも暑苦しいときがあります(笑)。

「まだ習っていないことはやっちゃだめ」と言われることも覚悟していましたが、こんなふうに対応してくれていました。

きっと、私の見えないところでは手を焼くこともあったと思います。でもノートなどを見ている限り、1年目がこの先生でよかったと思うことが多いです。

校長の情報発信の姿勢が一貫していた

環境のためにはメールがベターと思いますが、校長先生は写真付きのお便りで頻繁に学校の様子を教えてくれます。他の学年や学校施設で起きていることも見えて、かろうじて学校とのつながりを感じます。

ブログも頻繁に更新されていて、息子の学級の詳細まではわからなくても学校で起きていることが少しわかります。

また、保護者アンケートが覚えている限り1度だけあり、自由記述も含め回答が公開されました。中には学校の体制に否定的な文章もありましたが、加工せずに公開されていたことには好感がもてました。

欲を言えばもっと発信できることがあるのかもしれませんが、この状況や環境において私個人としては充分だと感じています。

注意したいこと

小1の学習到達目標が達成できているか

実際は学年末の成績表を待ちたいと思いますが、私からするとできていることが多いと感じます。

もちろん傍から見ていてできていないことも、あります。

たとえばカタカナの”ヨ”が”E”になっていたり、いまだに助詞の「を」と「は」を「お」と「わ」と書いてしまったり、書いた数字の”4″が”9″に見えたり。

いつかは治るだろうと思っていたら、もう学年度末になってしまいました(笑)

でもなぜかあまり焦っていないんですよね、私。

私は30代ですが、いまだに右と左がわかりません。(左右盲というらしいです。)

一度に3つ以上のことは覚えられません。マルチタスクができません。

でも大学卒業できたし、車と船の免許もあるし、就職もしたし、なんとか工夫して生活しています。

私が息子に大事にしてほしいものと比べると、上に挙げた”できていない”ことは枝葉に過ぎません。できないことを認識して、それを改善するのか、できないままでもやっていく方法を編みだすのか、一緒にじっくり取り組みたいと思います。

>>参考:「中卒くらいまでの育児の目標」として私が大事にしていること(note)

ちなみに今年度の1回目の評価は「よくできる・できる・がんばろう」の3段階で、18項目中「よくできる」が4つ、「できる」が14つ、「がんばろう」は0でした。本人の自己評価は可もなく不可もなく。私としては、毎日元気に学校に行ってくれているうえにこんなに評価してもらえて充分です。

過剰な適応になっていないか

以前も、子どもが自分の意思と反して過剰に適応していないか注意することについて書きました。

過剰な適応には気づくのが難しいので、一般家庭で親にできるのは行動目標と信用しかないと思います。

子どもに小学校と家庭以外にもコミュニティを持たせることで、一箇所に染まりすぎないようにバランスを取ることを目指しています。

具体的には祖父母の家や、民間のキャンプや、習い事です。それぞれの世界で「学校」でも「家」でもないサードプレイスを持ち、そこでの自分も発見してほしいと思います。

世界にはいろんな人がいて、それでいい。そんな多様性と寛容さも普段から意識しながら、フィクション/リアル、対面/オンラインなどでなるべくいろんな人といろんな接し方ができるようにしたいです。

そして多様な本との出会い。安全な家からでも、異なる言葉や価値観に触れることができます。

あとは、本人の生きる力を信用したいと思います。

学校というコミュニティのメンバー意識

小学生の長男にとって、”学校”という場は最大で最重要なコミュニティです。そして、彼はそのメンバーでもあります。

普段の生活では、現在の教育制度に対するネガティブな情報が入ってきます。なかには正当なものも、偏ったものもあります。制度がより良くなるためには、必要な意見もあります。

ただ、教育制度へのネガティブな反応が彼のコミュニティ(または、その一部である自分)への評価を不当に傷つけないことを願っています。保護者としても、学校・先生・教育内容に安易なダメ出ししないようにしています。

長男が自分のコミュニティを信用できなくなれば、それは学習効果を下げることになります。乗り越えることができれば、そこからも学べるとは思いますが、できれば避けたいのが親心です。

斜に構えることなく、コミュニティの一員としての意識が健全に育っているか。これも検証が難しいことですが、ほかの点と併せて気を配りたいです。

安全圏は分散させるに限る

コロナで始まった小学校1年間+@を振り返ってみました。改めて、日々の生活がいろんな職業・立場の方々に支えられていることを実感するとともに、感謝の気持ちが絶えません。

しかしこうしてみると、私が真面目だけど楽観的で、でもどこか冷たいような印象をもたれるかもしれません。

なにごとも完璧なんてありえないし、大人も子どももなにがあるかわからないのが人生だと思います。

コロナ自体は予想外でしたが、それがなくてもきっと予想外の1年でしたでしょう。ゆるく目標に向かって毎日をつなげつつ、起きた事象に対応していく。

A学校がだめならB学校。

学校がだめなら家。

家もだめなら●●、など。

常にプランBを用意できるくらいの心の持ちようを、今後も心がけたいと思います。

私にできることは、ただ子どものサインを早期にキャッチすることと、自分がご機嫌でいることくらいです。できていないときのほうが多いですが(笑)

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防犯ブザーの概念が変わります
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